抜粋転載 “ 人類よ早く泥沼から上がろう 五井昌久 ( 後 ) “『 白光 』誌より ( 本文縦書き )

 人間はともすると易しい言葉というものをおろそかにしようとする。「ありがとうございます」という人間社会にとって最も大事な言葉でも、易しい当然すぎる言葉なので、ないがしろにしてしまい、その言葉によって奥底から引き出されてくる、自然や万物と人間との一体観を、無視してしまおうとする。神や万物に感謝する「ありがとう」という言葉がどれだけ大切なものであるかを、人間は忘れてしまう。

  世界人類が平和でありますように

 という祈り言葉は、その言葉が誰にでもわかり易く、自然と口に出てくる言葉なので、人類すべての人々の祈り言葉として、最も適当なものとなるのである。この世界平和の祈りは、神への感謝の言葉と共に、この地球界の泥沼的三界を超える大光明のエスカレーターなのである。

 泥沼の中に自らを置きながら、どんなに善さそうな案を述べ、物質波動の中を走り廻ったとしても、あがけばあがく程自分たちの体は泥中に沈んでいってしまうのであって、到底天上に達することはない。何よりも先ず先に祈り心を光の柱として、泥中から足を抜け出し、自由自在に駈けめぐれる体になって、物事をしてゆかねばならない。この泥沼的三界を先ず超えるためにも、瞬々たゆみなき世界平和の祈りをつづけ、心身自由自在になって、はじめて、戦争なき天変地変なき、平和世界をつくるスタートを切ることができるのである。

 私たちは、この世界平和の祈りを根底にして、すべての物事に処しているのであって、祈りなき世界の動きとは全く別の新天地の中に住んでいるのである。再び誤てる歴史を繰りかえさぬために、私たちは神との一体化の中で私たちの一歩一歩を運んでいるのである。                            (昭和46年1月)

                                              『行雲流水』