抜粋転載 “ 人間、全部が神で全部が仏 五井昌久 ( 七 ) “ 『 白光 』誌より ( 本文縦書き )

 大神様からいろいろ分かれた神々があります。神々があって、要するに金星の長老のように、地球界の救済のためにいろんな聖者を送っている元締めがいます。その元締めと、この地球界で働いている人と差があるか、というとないんです。差があるようでないんです。

 金星の長老と五井先生とには差があるかというと、ないんです。同じものなんです。金星の長老と大神様と違うかというと、同じものなのです。わかりますね。難しいみたいだけれど、難しくないですよ。

 五井先生と斎藤さんと違うか、といったら違わない。斎藤さんとあなた方と違うかといったら違わない。全く違わない。みんな神々なんです。これが真理なんですよ。

 神々というものはそういうものなんです。私とあなた方と違いやしない。一つも違わない。違うのは何かというと、想いだけなんです。想いが勝手に「違う」と思っているんです。

 その想いを全部、世界平和の祈りの中へ投げ出してしまえば、同じになってしまいます。全部、五井先生になっちゃう。全部、金星の長老になっちゃう。全部、天之御中主大神になるんです。それが神道の極意なんです。それを私が一生懸命説くわけです。

 そうなるためにどうしたらいいか、といったら、世界平和の祈りをやるんです。偉いとか偉くないとかいうのはないんです。お前が偉くて向こうは偉くない、私が偉くて相手が偉くない、というのはない。それは業の消えてゆく姿だけなんです。消えてしまえばみんな同じなんです。

                                   『講和集1 神様にまかせきる』