抜粋転載 “ 人間、全部が神で全部が仏 五井昌久 ( 六 ) “ 『 白光 』誌より ( 本文縦書き )
皆さんも世界平和の祈りを毎日重ねてやっていますと、知らないうちに霊化していって、神様の心がすぐわかる、あるいは知らなくとも神様のみ心の中へ入ってゆくんです。たとえば自動車が来ても、フッとよけていまうとか、災いを自然に避けられるような動きになってくるのです。
その一番の達人が植芝盛平先生です。合気道は宗教の極意です。先生が言っていることで、いい言葉があるんです。この前、高橋君が聞いてきまして、白光誌にも出ますけど、
「私は相手の目を見ない。なぜなら見ると相手に吸収されてしまうから。私は相手の身体を見ない。身体に想いがとらわれるから。私は相手の剣を見ない。見るとその中に吸収されてしまうから」というのです。では何をしているのかというと、
「私は相手を見ない。ただうしろをむいて立っているだけだ。相手が私の中にみんな吸収されてしまうんだ」というんです。
大変な、すごい言葉ですよ。それを実際にやっているでしょ。相手がエイッとやっただけで、相手がすっ飛んでしまう。なんのことはない。それは何故かというと、自分の中にみんな同化してしまうからです。
敵なんかいないんですよ。自分の中にすべてが入ってしまうんです。向こうは相手と見てやってくるでしょ。ところが、こっちは大きくなって宇宙大に拡がってしまうわけなんです。拡がってしまう、ということは問題にならないというわけでしょ。けし粒がいくらぶつかってきたって、なんでもないでしょ。あなたにホコリの小さいのが一つぶつかってきたって、なんでもないでしょ。ホコリがついて倒れちゃう人はいないです。それと同じことです。
いくら押したって、突いたって、何にもならない。片方は宇宙大に拡がっちゃっているから、みんな吸収しちゃうわけです。そして天地一体になって、宇宙一杯に拡がっちゃうわけですから。
宇宙一杯に拡がるというのは、想いがない、ということなんです。この世は相対的でしょ。陰陽に分れて相対的です。この地球界はその相対がさらに細かい相対に分かれたわけです。それが元の相対、イザナギ、イザナミの昔に還ると二つだけです。それをもっと昔に還れば大神様一つになるでしょ。それと同じように、地球界において要するに絶対者になれるわけです。
それは全部想いをなくしてしまう。空になってしまう。神様の中に入れてしまうということです。植芝先生はそれが出来たんです。だから相手がかかってきた時に、後ろを向いていたって、どこを向いていたって同じことです。
私がこうやっていて、向こうから誰か来ても「ああ誰が来た」とわかります。後ろも前もありゃしない。遠くのほうにいるタロベエさんはどんな人か、わかっちゃうでしょう。アメリカにいる人のことを見るのに、目で見ているわけじゃない。何も見てない。それからあなたの後ろについている人は、こういう人だ、とすぐわかります。何故わかるかというと、宇宙全体に拡がるという意味と同じなんです。
時間、空間がなくなってしまう。それはどういうことかというと、元の世界に還っているということです。神様の中に入っている。神道的に言えば天御中主大神の中に入っているわけですね。大神様の中に入ってしまうわけです。
その一番の達人が植芝盛平先生です。合気道は宗教の極意です。先生が言っていることで、いい言葉があるんです。この前、高橋君が聞いてきまして、白光誌にも出ますけど、
「私は相手の目を見ない。なぜなら見ると相手に吸収されてしまうから。私は相手の身体を見ない。身体に想いがとらわれるから。私は相手の剣を見ない。見るとその中に吸収されてしまうから」というのです。では何をしているのかというと、
「私は相手を見ない。ただうしろをむいて立っているだけだ。相手が私の中にみんな吸収されてしまうんだ」というんです。
大変な、すごい言葉ですよ。それを実際にやっているでしょ。相手がエイッとやっただけで、相手がすっ飛んでしまう。なんのことはない。それは何故かというと、自分の中にみんな同化してしまうからです。
敵なんかいないんですよ。自分の中にすべてが入ってしまうんです。向こうは相手と見てやってくるでしょ。ところが、こっちは大きくなって宇宙大に拡がってしまうわけなんです。拡がってしまう、ということは問題にならないというわけでしょ。けし粒がいくらぶつかってきたって、なんでもないでしょ。あなたにホコリの小さいのが一つぶつかってきたって、なんでもないでしょ。ホコリがついて倒れちゃう人はいないです。それと同じことです。
いくら押したって、突いたって、何にもならない。片方は宇宙大に拡がっちゃっているから、みんな吸収しちゃうわけです。そして天地一体になって、宇宙一杯に拡がっちゃうわけですから。
宇宙一杯に拡がるというのは、想いがない、ということなんです。この世は相対的でしょ。陰陽に分れて相対的です。この地球界はその相対がさらに細かい相対に分かれたわけです。それが元の相対、イザナギ、イザナミの昔に還ると二つだけです。それをもっと昔に還れば大神様一つになるでしょ。それと同じように、地球界において要するに絶対者になれるわけです。
それは全部想いをなくしてしまう。空になってしまう。神様の中に入れてしまうということです。植芝先生はそれが出来たんです。だから相手がかかってきた時に、後ろを向いていたって、どこを向いていたって同じことです。
私がこうやっていて、向こうから誰か来ても「ああ誰が来た」とわかります。後ろも前もありゃしない。遠くのほうにいるタロベエさんはどんな人か、わかっちゃうでしょう。アメリカにいる人のことを見るのに、目で見ているわけじゃない。何も見てない。それからあなたの後ろについている人は、こういう人だ、とすぐわかります。何故わかるかというと、宇宙全体に拡がるという意味と同じなんです。
時間、空間がなくなってしまう。それはどういうことかというと、元の世界に還っているということです。神様の中に入っている。神道的に言えば天御中主大神の中に入っているわけですね。大神様の中に入ってしまうわけです。