抜粋転載 “ 人間、全部が神で全部が仏 五井昌久 ( 三 ) “ 『 白光 』誌より ( 本文縦書き )
神様の中に想いを入れる、ということは、想いを超えるということなのです。自分の想いを超えない限りは、その人は立派にならない。ところが想いを超える方法を、みんなは知らない。
怒りの想いが出てくる。すると怒っちゃいけない、怒っちゃいけないと思うでしょう。怖れの想いが出てくると、怖れてはいけない、怖れてはいけないと思う。恨みの想いが出ると、恨んじゃいけない、恨んじゃいけない、と思う。それだけじゃだめなんです。想いを押し込めているだけだから。
いけないいけないと潜在意識の中に、圧力をこめて押し込んでいる。怒りの想いも、嫉みの想いも、いけないいけないとグーッと押えてゆく。それが今までの修養だった。しかし、これは圧力で押えているだけだから、原子爆弾みたいに凝縮してあるんだから、ある時、バーンとはね返ってきて、すごい力になって、エネルギーになって爆発する。
想いというのはエネルギーですから、抑圧したエネルギーが倍加してはね返ってくる。だからすごい怒りになり、妬みになるんです。今までの宗教も修養もそうです。医学もそうですね。毒素が出ていこうとするものを、注射して毒素を抑える。抑える力のものばかり使った。
宗教というのは、人間を自由に解き放つ教えなのに、それを逆に、みんな抑えて自由にしないで、ああしてはいけない、こうしてはいけないと、みんな潜在意識の中へ押し込んでいたのです。
金星の長老などはそういうことを一切言ってない。本当の高い教えというものは、人間の想いを抑圧させようなんて思ってないんです。みんな出して消す、ということを考えているんですね。
その消す方法はどうするか、というと、想いの軌道の外へ出ることです。たとえば怒りの想いが出る、妬みの想いがいっぱい出ている時に、外へ出るといっても、簡単に出られないでしょ。いつも言うように、想いを持ったまま、妬みなら妬みの想いを持ったまま、まっすぐ神様の中に入ってゆく。世界平和の祈りの中に入ってゆく。あるいは五井先生なら五井先生という中へ入っていってしまうんです。
そうすると、世界平和の祈りは神様が引き受ける。五井先生に働いている神様が引き受けて、スパッと消してくれるんですね。だから構わず入ってゆくんです。持ったまま構わず入ってゆく。
怒りの想いが出てくる。すると怒っちゃいけない、怒っちゃいけないと思うでしょう。怖れの想いが出てくると、怖れてはいけない、怖れてはいけないと思う。恨みの想いが出ると、恨んじゃいけない、恨んじゃいけない、と思う。それだけじゃだめなんです。想いを押し込めているだけだから。
いけないいけないと潜在意識の中に、圧力をこめて押し込んでいる。怒りの想いも、嫉みの想いも、いけないいけないとグーッと押えてゆく。それが今までの修養だった。しかし、これは圧力で押えているだけだから、原子爆弾みたいに凝縮してあるんだから、ある時、バーンとはね返ってきて、すごい力になって、エネルギーになって爆発する。
想いというのはエネルギーですから、抑圧したエネルギーが倍加してはね返ってくる。だからすごい怒りになり、妬みになるんです。今までの宗教も修養もそうです。医学もそうですね。毒素が出ていこうとするものを、注射して毒素を抑える。抑える力のものばかり使った。
宗教というのは、人間を自由に解き放つ教えなのに、それを逆に、みんな抑えて自由にしないで、ああしてはいけない、こうしてはいけないと、みんな潜在意識の中へ押し込んでいたのです。
金星の長老などはそういうことを一切言ってない。本当の高い教えというものは、人間の想いを抑圧させようなんて思ってないんです。みんな出して消す、ということを考えているんですね。
その消す方法はどうするか、というと、想いの軌道の外へ出ることです。たとえば怒りの想いが出る、妬みの想いがいっぱい出ている時に、外へ出るといっても、簡単に出られないでしょ。いつも言うように、想いを持ったまま、妬みなら妬みの想いを持ったまま、まっすぐ神様の中に入ってゆく。世界平和の祈りの中に入ってゆく。あるいは五井先生なら五井先生という中へ入っていってしまうんです。
そうすると、世界平和の祈りは神様が引き受ける。五井先生に働いている神様が引き受けて、スパッと消してくれるんですね。だから構わず入ってゆくんです。持ったまま構わず入ってゆく。