抜粋転載 “ 人間、全部が神で全部が仏 五井昌久 ( 二 ) “ 『 白光 』誌より ( 本文縦書き )
金星というのは、全託が出来てしまって、いつでも全託しているところから始まっている。ところがこの世の人は、自分の都合のいいことばかり考える。永遠のいのち、永遠の幸福などというのは一つも考えていない。自分の目の前が儲かればいいと思っている。目の前の幸福だけ思っていると、永遠の幸福というものは、いつまでたっても摑めないんです。
たとえば神様に
「ここでどうしても十万円ほしいんです」と頼んだ。そうしたら神様が、
「今は出来ない、しかし三年後には百万円出来る」と答えた。
「いや神様、三年後の百万円より、今の十万円です。どうか十万円を」と無理無理頼み込んで、十万円を手にした。しかし手にした十万もすぐなくなってしまうとともに、あと三年待てば百万円になるものも、十万円を手にしたために消えてしまう。
だから、目の前の幸福とか、永遠の幸福とか、そんなことは一切考えなくていいんです。何を思ったらいいのか、と言うと
「私は本当は何もかも自分の中ではわかっているんだ。だけれども、業想念が壁をつくってしまっているんでわからないだけなんだ。この業想念を世界平和の祈りで、神様に全託すればいいんだ。消えてゆく姿で世界平和の祈りをしつづけていればいいんだ」ということです。
中では光り輝いているんだけれど、窓がなくて外にもれなくて、真っ暗に見えているだけです。ところが窓を開けてある人もいる。光が外へあふれている人もある。それは肉体があるから、壁があるから、全部が光り輝いている、というわけにはいかない。どうしても外に光が出ている量の多い人と、少ない人とがあるわけです。
出ている光の量を極限まで出すためにどうしたらいいか、と言ったら、肉体の想いというものを、すべて神様に投げ出さなければいけない。神様の中に全部、入れなければいけない。入れると、天孫降臨の昔に還るんです。いわゆる金星から天降ってきた昔の人間に還ってゆくわけです。神人、いわゆる神々に還ってゆくわけです。それを金星の長老などはさかんに教えています。
たとえば神様に
「ここでどうしても十万円ほしいんです」と頼んだ。そうしたら神様が、
「今は出来ない、しかし三年後には百万円出来る」と答えた。
「いや神様、三年後の百万円より、今の十万円です。どうか十万円を」と無理無理頼み込んで、十万円を手にした。しかし手にした十万もすぐなくなってしまうとともに、あと三年待てば百万円になるものも、十万円を手にしたために消えてしまう。
だから、目の前の幸福とか、永遠の幸福とか、そんなことは一切考えなくていいんです。何を思ったらいいのか、と言うと
「私は本当は何もかも自分の中ではわかっているんだ。だけれども、業想念が壁をつくってしまっているんでわからないだけなんだ。この業想念を世界平和の祈りで、神様に全託すればいいんだ。消えてゆく姿で世界平和の祈りをしつづけていればいいんだ」ということです。
中では光り輝いているんだけれど、窓がなくて外にもれなくて、真っ暗に見えているだけです。ところが窓を開けてある人もいる。光が外へあふれている人もある。それは肉体があるから、壁があるから、全部が光り輝いている、というわけにはいかない。どうしても外に光が出ている量の多い人と、少ない人とがあるわけです。
出ている光の量を極限まで出すためにどうしたらいいか、と言ったら、肉体の想いというものを、すべて神様に投げ出さなければいけない。神様の中に全部、入れなければいけない。入れると、天孫降臨の昔に還るんです。いわゆる金星から天降ってきた昔の人間に還ってゆくわけです。神人、いわゆる神々に還ってゆくわけです。それを金星の長老などはさかんに教えています。