抜粋転載 『 アナスタシア シリーズ7 生命のエネルギー 』 より

『 アナスタシア ロシアの響きわたる杉シリーズ 7 生命のエネルギー 』 より抜粋転載

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  素晴らしきヴェドルシアの祭

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 多神教はもとより、ヴェディズムを宗教と呼ぶことはなお難しい。「生き方の文化」と言う方が正しいだろう。地上に存在した精神性の高い文明の、最も偉大な文化である。この文明には、神を信じる必要がなかった。

 この文明の人々は、神を知っていた。

 この文明の人々は、神と触れ合って交信し、創造主の想いを理解していた。

 この文明の人々は、草花やウジ虫や惑星の使命を知っていた。

 この文明の人々は、今日も我われの魂の内でじっと眠っている。そして陽気で生命の歓びにあふれた、この美しい惑星の創始者たち……ヴェドルシア人は必ず目を覚ますのだ。

 これは証拠のない、ただの言葉なんかではない。証拠ならいくらでもある。そのひとつが、日本だ。

 よく知られているように、十六世紀にキリスト教徒は、かなり強力に自分たちの思想を日本に布教しようと努めた。一方で当時の日本の統治者は、キリスト教の伝道師たちの行動とその成り行きを観察した。その結果、徳川幕府はキリスト教を禁じることにしたのだ(*一六一二年、二代将軍秀忠のとき、「禁教令」が発布された)。

 日本には「神道(シントウ)」という民族的宗教があり、今日では最も多神教に近い国とも言える。

 「神道」とは、「神々の道」という意味である(日本では一般的に、「神の御心のままに」が神道の意味であると認識されている)。神道では人間の役割を、調和の中で自然と共存することである、としている。

 では、どうだろう?日本人の生き方はおぞましく、野蛮なものだろうか?現に我われは、多神教時代の人間の暮らしは野蛮なものだったと教えられてきたではないか。でも、これは嘘なのだ。すべてが真逆なのだ。

 多くの日本人が詩を綴り、自然に対し心を震わせている。日本の生け花には、まさに全世界が魅了されている。しかしこの芸術は、プロフェッショナルな生け花の芸術家だけのものではない。ほぼすべての家で生け花を見ることができるのだ。日本人には、我が子に対する独特な接し方がある。そして、大人たちは子どもが完全に自由でいられるよう最大限の努力をする。

 こういうと詩人や芸術家の国の話と思われるかもしれないが、そうではない。日本の技術は最も発展した国々をも凌いでいる。電子工学でも自動車製造の分野でも、日本人と競り合うのは困難だ。そもそも我われは、日本のような多神教でありながらも近代的な国を話題にする際、多神教のほんの一要素についてしか話していない。では、もしこれが完全な多神教の文化であった場合、その中にいる人は、いったいどのようなタイプの人間になるのだろうか?

 ひとつだけはっきりしているのは、現代の人間よりも、知識や精神性のレベルが格段に高かっただろうということだ。しかし、真逆のことを吹き込んで、私たちを騙したいと切に求める人たちがいたのだ。

 日本が例外なのでもなく、唯一の例なのでもない。何千年もの大昔から我われの時代まで、アルキメデスやソクラテス、デモクリトス、ヘラクレイトス、プラトン、アリストテレスといった天才的詩人、哲学者、学者たちの名前が伝えられてきている。彼らはキリストが誕生するよりも二百年から六百年前に生きていた。どこで生きていたか?それは同じようにその当時多神教だった国、ギリシャだ。

 日本、ギリシャ、ローマ、エジプトといった国の寺院などの建築物、古典芸術、祭や伝統的習慣は、それらの国の民の文化レベルの高さを、今日もはっきりと証明しているのだ。

 では、ロシアの歴史学者たちは、同じ時代のルーシ(ロシア)について、いったいどんな情報を提供できるのだろう?何ひとつ提供できはしない。

 しかしながら、ヴェディズムのルーシに、芸術家たる人々や詩人たる人々、そして絶対に誰をも攻撃することはなかったが、武器を操る腕が非常に優れていた栄誉ある勇者たちが暮らしていたという目に見える証拠を、どうやって見つければよいのだろう。

 私はアナスタシアに言った。

 「ルーシにヴェディズムの文化があった、目に見える証拠を見つけることができなければ、誰もその存在を信じないだろう。ヴェディズムのルーシについてのきみの話は、単なる伝説だと考えられてしまう。もちろん美しい話だ。しかしやはり、伝説に過ぎないと思われてしまうんだ。俺は、歴史学者たちの本の中を探しても無意味だと確信している。もうきみしかいないんだ、アナスタシア。きみなら目に見える証拠を示すことができるんじゃないかい?」

 「ええ、できる。だって証拠は数限りなくあるもの」

 「じゃあ教えてくれ。どこを発掘すればいいんだ?」

 「そうしてすぐに発掘しなきゃいけないという発想になるの?ヴェドルシア人の文化の証拠は、数多くの住居にある」

 「住居だって?どういう意味だい?」

 「ウラジミール、今日の人々が建てている家に注意を払ってみて。そしてそれらと、あなたが今住んでいる農村に建っている家々とを比べてみて。その農村の古い家のほとんどは、彫刻模様で飾られている。あなたも博物館都市であるスズダリ(*モスクワ北東部にあるウラジミール州の都市。公国時代にウラジミール・スズダリ公国の首都として栄えた古都のひとつ)で、もっと古い時代の家を見たことがあるはず」

 「ああ、スズダリの家々には、俺の住む農村よりももっと立派な彫刻の装飾がされている。それに家だけじゃない、門やくぐり戸なんかもまるで芸術作品のようだ」

 「つまり、自国の民族の過去の作品を遡れば遡るほど、より美しくつくられた住居を見ることができる、ということ。

 他にもいろんな博物館で、美しく彫刻が施された紡ぎ車や取っ手つきのカップ、その他の生活用品を見ることができる。それらは三百年とか五百年前に、普段の生活で使われていた物。ウラジミール、あなたも見てわかるとおり、遠い昔に遡るほど、職人たちの芸術作品は優れたものになっているでしょう?

 何千何百年にもわたる、これほど膨大な数の民衆の作品が見られる国は世界のどこにもない。いい、ウラジミール?一部の芸術家たちが高官たちに注文されてつくっていたのではなく、まさに民衆全員がつくっていたの。自分で判断してみて。博物館でごく普通の紡ぎ車を見ても、それを皇帝や女帝、または高官のものだとは思わないでしょう。それらは普通の家庭にあったものだもの。だけど当時のヴェドルシアにおいては、普通の民衆が、垣根を含め、家中に愛をこめ、窓枠に沿ってレース模様の彫刻を施したり、家にあるすべての道具に絵を描いたり、衣服に刺繍をした。こういうことをしたのは、特別な芸術家や職人だけではない。職人たちだけが行った仕事にしては、考えられないほどの数だから。ヴェドルシア人のすべての家庭が、自分たちの手で飾りを施していたの。

 民衆の全員が創作活動に励んでいた。そしてこのことは、民衆の暮らしが豊かだったことを意味する。創作に費やすためには、多くの時間が必要。歴史学者たちは、古代の人々が自分にあてがわれた土地で休むことなく働き続けたと、事実と異なることを言っている。もしそれが事実なのだとしたら、古代の人々には創作にかける時間なんかなかったはず。でも時間はあった。それに、闘いでヴェドルシアの勇者たちが武器を自在に操っていた証拠にしても、彼らが斧であれほど美しい御殿にすることができたのであれば、上手に手首を使って、芸術家のように武器を自在に操ることだってできたはずだと思わない?

 ヴェドルシア人たちが、マースレニッツァのお祭りの日にどんな競技を思いついたのか、知ってる?穴を掘り二本の長い丸太を三メートル離して立て、そこで競い合う二人の男性が、両手に斧を持ち、目隠しをされた状態で、どちらが早く、丸太を切り倒せるかの競争をしていたの。でもそれだけじゃない。自分の丸太で、横にある相手の丸太をなぎ倒すように当てて切り倒さなければならなかったの。」



以上、抜粋転載、おわり。



Да  будет  мир  человечеству  во всем мире !
ダァ ブージェトゥ ミィル  チェラヴィェチェストゥヴ ヴァ フスィォム ミィリェ ! 

Да  будет  мир в  России ! 
ダァ  ブージェトゥ ミィル ヴ ルアッスィーイ  


世界人類が平和でありますように !

ロシアが平和でありますように !





※ アナスタシア とは 復活 再生 そして 不滅 



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