『 人類の未来 ― 物質文明より霊文化へ 五井昌久 』 より (前)
地球救済の光明
人類は神の子です。そして、神は愛そのものです。なんで、地球の救済に手を差し延べぬわけがありましょう。
正に救世の大光明は地球救済のために諸手を差し出しているのです。
世界平和の祈りは、救世の大光明と地球人との一体化のために生れてきた祈りです。世界平和の祈りのあるところ、必ず救世の大光明は輝いているのであります。幽界に蓄積されている不幸災難の不調和な波動を、私どもは救世の大光明の光明波動で、消し去ってしまわねばなりません。幽界の業波動が消え去った時、神界の未来図が、この世に実現してくるのであります。それが地上天国であり、大調和科学を駆使して創りあげた進化向上した文化の国なのであります。
この大宇宙には無限ともいえる程の星があります。この星々はそれぞれの世界をもっております。それは地球のような人類の住んでいる星もありましょうし、全く異なる生物の住んでいる星もありましょう。そしてまた、神そのままの非常なる進化を遂げた星もあるでしょうし、動物以下の生物の住んでいる星もあるかも知れません。地球はそうした星の一つで、皆さんおなじみの人類が住んでいるわけです。
神界、霊界、幽界、と一口にいいますけれど、大宇宙のいったいどこに、そういう世界があるのか、と思われる方がたくさんいらっしゃると思います。この大宇宙には、人間の五感で感じている星辰と、五感を超えた、いわゆる望遠鏡にも見えぬ星辰とがあるのです。それはこの地球も同じことであります。
この眼に見えぬ世界にも、浅い世界と深い世界がありまして、これがまた幾段階にもなっているのです。神界にもこういう段階はありますし、幽界にもあるのです。
そして、絶対神というのは、大生命そのものであり、無限の智慧、無限の能力、つまりオールマイティであるのですが、その力は、一度に発現されるものではなく、その中心となって働く神をはじめ、様々な神々として、それぞれの力を発揮して働かられるのであります。古事記にはそういう神々の働きの状態をその名としてそれぞれに現わされているのです。
神界における神々の働きは、神界にそのまま画かれて、地球人類の完成図もでき上がっているのですが、それはあくまで、肉体波動の奥の世界にでき上がっているので、肉体波動に近い幽界波動の邪魔があっては、素直に神界の完成図は肉体人類の世界に現われることはできないのです。
人類は神の子です。そして、神は愛そのものです。なんで、地球の救済に手を差し延べぬわけがありましょう。
正に救世の大光明は地球救済のために諸手を差し出しているのです。
世界平和の祈りは、救世の大光明と地球人との一体化のために生れてきた祈りです。世界平和の祈りのあるところ、必ず救世の大光明は輝いているのであります。幽界に蓄積されている不幸災難の不調和な波動を、私どもは救世の大光明の光明波動で、消し去ってしまわねばなりません。幽界の業波動が消え去った時、神界の未来図が、この世に実現してくるのであります。それが地上天国であり、大調和科学を駆使して創りあげた進化向上した文化の国なのであります。
この大宇宙には無限ともいえる程の星があります。この星々はそれぞれの世界をもっております。それは地球のような人類の住んでいる星もありましょうし、全く異なる生物の住んでいる星もありましょう。そしてまた、神そのままの非常なる進化を遂げた星もあるでしょうし、動物以下の生物の住んでいる星もあるかも知れません。地球はそうした星の一つで、皆さんおなじみの人類が住んでいるわけです。
神界、霊界、幽界、と一口にいいますけれど、大宇宙のいったいどこに、そういう世界があるのか、と思われる方がたくさんいらっしゃると思います。この大宇宙には、人間の五感で感じている星辰と、五感を超えた、いわゆる望遠鏡にも見えぬ星辰とがあるのです。それはこの地球も同じことであります。
この眼に見えぬ世界にも、浅い世界と深い世界がありまして、これがまた幾段階にもなっているのです。神界にもこういう段階はありますし、幽界にもあるのです。
そして、絶対神というのは、大生命そのものであり、無限の智慧、無限の能力、つまりオールマイティであるのですが、その力は、一度に発現されるものではなく、その中心となって働く神をはじめ、様々な神々として、それぞれの力を発揮して働かられるのであります。古事記にはそういう神々の働きの状態をその名としてそれぞれに現わされているのです。
神界における神々の働きは、神界にそのまま画かれて、地球人類の完成図もでき上がっているのですが、それはあくまで、肉体波動の奥の世界にでき上がっているので、肉体波動に近い幽界波動の邪魔があっては、素直に神界の完成図は肉体人類の世界に現われることはできないのです。