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zoom RSS 人類に新たな未来を贈る 西園寺昌美           『白光』誌より抜粋転載 七 (原文縦書き)

<<   作成日時 : 2017/01/27 21:00   >>

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  〜「バーバラ・フィールズ人道主義平和賞」受賞の基調講演より
                  
                        2016年10月 米国加州サンディエゴにて



 最後に申し上げたいことがございます。

 それは、死は怖くないということ、これが今日の最後のメッセージです。死は怖くないのです。死は洋服を脱ぎ捨てるように、肉体の衣を脱ぎ捨てた魂が神様の光の世界へ入ることなのです。テロリストであろうとも、死を迎えた時、最初は光の中へ入るのです。必ずみな光に包まれ、神様のところへ行くのです。しかし、神性を失ったままだと、自分にとって心地よい、慣れ親しんだ次元に降りていってしまう。そして迷える魂となるのです。ですから、例えば「幽霊を見た」というのは、彼らは光に還っていったのですが、その後、自分の意志で肉体界に戻ってしまったということなのです。神様は決して罰など与えません。罰を与えるのは自分自身です。自分自身が自分の罪を許さないのです。自分が自分を許さないから、相手も自分を許さなくなる。また、自分が相手の罪を許さないから、自分も許されないのです。

 誰もが何らかの罪を犯しています。黙って罪を犯しているのです。しかし、自分自身がディバイン・スパーク(神性)と本当につながれば、すべてが赦されていたのだと体感できます。そのようなディバイン・スパークがすべての人にあるのですから、決して自分を人と比べないことです。比べると、そこから対立が始まってしまいます。誰もが生まれたばかりの頃は無垢で無欲、無私でした。しかし、だんだん世の中を知り、相手を知って、相手はこれを持っているけれど、私にはない、ない、ない……。そのような劣等感に苛まれ、自分が惨めになり、嫉妬し、対立して、奪い合い、ひいてはそれが戦争へ発展してしまうのです。

 平和は奪い合って摑むものでは絶対にないのです。与えて、与えて平和は来るのです。

 改めて申し上げます。死は怖くない。人は死を迎えたら、必ず光の中へ入ります。皆様方のように神性とつながっている方は光の中に入ったまま、二度と肉体を体験しなくて済むでしょう。しかし、まだ神性を摑んでいない人たちは、再び肉体界に降りてきて、また肉体の体験を重ねてゆく。

 ですから、死を恐れることはない。自然に自分が今生を卒業する時なのだ、と自覚できるものなのです。

 それが私の体験です。


                  〜 後文略 〜



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