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zoom RSS ジュリアの音信 (14) より 抜粋転載

<<   作成日時 : 2016/04/07 00:00   >>

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(◆)ジュリアの音信(14)

〈1908年10月13日〉

今日お話することは、今までお伝えしたことのないお話です。それは輪廻の問題です。先頃、生まれ変わりは本当のことだけど、一般的な法則ではないと申しました。私は一度地上に生まれましたが、それ以前に肉体に宿った記憶はありません。当界でも多くの人達がそのように言っています。もう一度私が地上に再生するかどうか、私は知りません。ですけど、貴方には到底理解できない真理がございます。

それは人は部分的に肉体に宿るということです。

宗教を人が信じるのは常識です。そのように再生を常識だと言うのは正しいことです。ともあれ、貴方が尊重なさる自我について考えて下さい。その幾分かがウィリアム・ティ・ステッド氏に宿っているとしましょうか、そうです沢山ではありません。そのごく僅かな部分が教育と修養のために、物質の中に浸されているのにすぎません。

今、ここに金属製の車輪があるとします。その車輪には沢山の輻(や)がついています。その輻(や)を取りはずして熱火に投じ、鍛錬(たんれん)して加工して、このような輻を部分として車輪は完成されます。輪廻の観念もほぼこれに似ています。自我はこの後再び、いいえ過去未来ともに、その全部がそっくり物質に浸ることはないでしょう。自我は永久にこちらにありまして、その生命力と元素を保有しています。つまり輪の轂(こしき・車輪の輪の中心の太い部分)はこちらにあって、その輻(や)は肉体に宿っている、そういうことです。

貴方のいろいろな疑問にすべてお答えするのは難しいことです。

一つだけ次のようにお答えしておきましょう。現在の私の知るかぎりでは、私の輻(や)は一つも地上の肉体には宿っていないと思います。当界でも何もかも知ることは限りがありまして、知識は相対的で狭いものです。特に存在の秘密に関してはそうなのです。それを知っていけばいくほど、ますますその知識の狭さを感じます。慈悲深い神は私達を完全にしようとして、常にみ心を尽くしておいでです。私共は一輻ごとにその形を整えられていきます。そうして遂には完全な輪に仕上げられるのです。その間に、場合によっては一本毎の輻に記憶が与えられることがあります。またある場合には、一本の輻が度を重ねて肉体に宿らされることもあります。車の轂である自我が天国にありながらその輻は地獄にあるということもあり得ます。ある時は輻が一時轂に連結されることもあり、ある時は一個以上の輻が肉体に宿ることもありましょう。存在の問題は実はお互が想像するよりも、ずっと無限に複雑に入り交じったものなのです。

ですけどこれだけは確かです。

人格とは結局、ただ一個であって不可分ということです。完全な進化を遂げている間には、人格はいろいろな形をとっていろいろな進み方をし、その間にあって一本一本の輻はそれぞれに人格をもちます。これらの人格が種々な経験をへ、いろいろな記憶を保ちながら、遂には一つの大人格に融合してその一部となります。そうです、貴方はお分かりになったようですね。さて貴方のことですが、いま貴方の身体に宿っている貴方の輻は、以前に数度肉体に宿ったことがあります。そのほかにも数個の輻が貴方にあります。


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