心はいつも青空  想いは消えてゆく雲

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zoom RSS 分れたものが一つになる 『講和集5 いい時に生まれた』 五井昌久 『白光』誌より(原文縦書き) 八

<<   作成日時 : 2015/10/06 00:00   >>

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 分けるのは癖なのです。そもそも神様と自分というものを分けているからね。自分の不幸とか自分の病気とか、悪癖というものは、消えてゆく姿なのですよ。実際はありはしない。煙のようなものです。月にむら雲というように、むら雲という雲はありそうに見えたって、実は無い。むら雲だから、どこかに消えちゃうか、なくなるでしょう。
それと同じです。その雲をかかえて、雲といっしょに立っているのだもの。みなそうでしょう。

 「業を把えて何になる」というような詩がありましたね。病気として現われて消えようとする、あるいは悪い性質として現われて消えようとする、その消えようとするものを一生懸命摑んで、業を神様だと思っているのだから、神様神様と業を追いかけている。業を摑んで追いかけてどうなるか?本心や神様から離れますよね。だから摑んで追いかけないで、私は悪いこと言っちゃったなァと思う想い、悪い性質だなァと思う想い、貧乏だなァ病気だなァと思う想いを、思ったら想ったまま、摑んだままそれごと世界平和の祈りの中に入れちゃうのですよ。そうすれば想いは業は消えますよ。簡単な原理です。

 真理というのは簡単なのですよ。大蔵経を何百冊読まなければならない。聖書を全部読まなければならない―そんなことはない。そんな面倒くさいことはする必要はないのです。この忙しいのに、そんなことはしていられない。大蔵経を全部読んでごらんなさい。どれくらい時間がかかるか、そんな暇はありやしませんよ。一頁読むのに一昼夜かかってしまうもの(笑)。そんなことをする必要はない。

 大体今まで理屈が多すぎて、あまり書物が多すぎた。それでかえって迷ってしまって、かえって頭だけいい気持ちになっちゃっていた。知識欲が満たされると、いい気持ちになるんですよ。ああこれだけ覚えた、私は偉くなった。でも、実際にはなっていない。地震でもグラッとくると、ワァーと逃げちゃう(笑)。それよりも、神様、五井先生!と思っている人のほうが、地震が来たって驚かない。ちょっと来ると、「先生!」それで直っちゃう。みな経験があるでしょう。この間も地震があった。本当に信仰があると、神様!とすがってしまうと、大丈夫なのです。不安がなくなるのです。万巻の書を読んで、釈迦はある時こう言って、ある時はこう言っていた、なんて釈迦の説法を歴史的に調べて歩いたって、そんなもの何にもならない。

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